めんどうなことばかりだこと!

いつか、最後に記すのは、「めんどうなことばかり」と記して、今日も何かやらなきゃ観たいな最後にしたいと思うのですが、

そんなこと考える間もなく、辞める時はそんな気すら起きなくて辞めるのだろうな…と。

久々に、携帯からでなく、パソコンから入力しているので(逃亡のためでもある。何からのため? というのは、まぁ気にしないでください。携帯は電波がね。って、別に犯罪ではありません)、

書けるときに書かなきゃ〜みたいな。
って、そんな気はさらさらにないんだけど。

まぁ、書いてなかったことを埋めあわせで。だれも見ちゃいないけど。

自分がいましたよという証くらいには。


と書くと、死ぬんじゃないかというような勘繰りはなさそうですね。はい。

いや、そういうのではなくて。
もともと、跡を残すというのは好きではないタイプの人間なんですが、

それは自分が自分を出すのが苦手だからであって、
残すのが好きなのではなくて、残し方をよくわかっていないことと、
自分を受け入れてくれるものを見極めるのに時間がかかって、
うまく自分を出さずに終わること。

というような気がします。

昔から私を知る人間でも、
たぶんに情報の制約があるし、自分でも意識して出さない部分もあるので、
あ〜なんとなくこんな人間ということは伝わるけれども、

「なんとなく」がたぶんずっと付いて回る、のでしょうかね。

踏み出すのが嫌なわけではないけれど、
何かを否定されるのが嫌で、
それを自分の見えるところだけでなく、みえない所でもやっぱり嫌なんですよね。きっと。

見えないところでならいいじゃんというのも、確かにそうなんですが。
どこかで回りに回って、聞いたらやっぱり嫌だし。人間、そんなに懇切丁寧に人のことを教えてくれるものじゃないから、別に構わないはずなんだけど、

深いところで嫌がっているというか。
だめなんですよね。

人間不信ではないけれど、
どこか裏切られた感がいまだ根付いているから。
その人は何食わぬ顔で、自分の都合のいい時だけすり寄ってきてたけど。

だから、完全に情報を出す気にはなれない。
だけど、どこかで受け入れられるのを期待している。

ずるいですね。それって。
いつまでたっても変わらない。だから。


自分もそうなんだけどさ。都合のいい時だけ、すり寄るという。
でも、常にそばにいる人間以外に対しては、そんなものでしょう。

と、突き返したくなるときも、たまにあって。
でも、いい加減うんざりして。そんなことにも。

で、結局どうしようもないんだけどさ〜。

だからかどうかはわからない。
だけど、何かに残したいという気持ちはあって。
後から書くことのほうが多いけど、
残せるものは残したい。

と、書きながら考えたので、まとまっちゃいないし、枝が多すぎてどこをいいたいのか、わかりにくいんだけど。

本音と建前をうまく使い分ける生き方しなきゃ、
疲れますよという意味も少しは入っている…かな。